前回は前置きだけで終わったので、今回は前置きナシでいこう。
さて、さっそくだが、タイトルの画像は、ChatGPT3.5に作ってもらったプロンプトを少し手直ししてから、Midjourneyに突っ込んで画像生成したものだ(最新のChatGPT4.0である必要すらない)。
あえて何のゲームタイトルとは言うまい。
いかがだろう。このタイトルをある程度プレイしたことのあるものであれば、違和感を覚えるだろうが、実際にプレイしてなければ「本物」と見分けがつかない可能性は高いと思う(実際プレイしていても見分けのつかなそうなものも生成されることがある)。
実はMidjourneyが出た数か月前の当初は、ここまでのクオリティのものが出力されることはなかった。
単純に私のプロンプト作成スキルが足りていなっただけの可能性もあるが、クオリティが飛躍的に向上したのは事実だ。
重要なのは、このクオリティの画像生成が、ChatGPTを利用したプロンプトの製作を含め、3分程度で完了してしまうこと。とにかくそれっぽい画像を大量に生成できてしまう。こんなのもいけるで。
ということで本題だ。
「VPというフィールドにおいてAIによる画像生成はアリかナシか」ということを、しっかりと議論しなければならないのではないだろうか?いや、さっさと議論しないとおそらく面倒なことになる気がするのだ。自分はAIは使わないから、と思っているといつの間にか巻き込まれる類の問題な気がしてならない。
VPでも定期的にコンクールが開催されている。賞金や商品が絡むものはまだ少ないものの、VPという文化が発展していくためにはそういったものも必要になってくるだろう。
VPはその性質上、生まれたときから二次創作的な性格をもっているため、権利の問題もかなり複雑だ。だからこそ金銭が絡むことには及び腰になりがちで、そこにきてAIの画像生成を持ち込まれると正直言って面倒なことになる。ハッキリ言って受け入れ態勢が整っていない。
少なくともゲームのスクリーンショットとしてのVPとして、ゲームメーカがAIによって生成された画像を認めることは現状では難しいだろう(ファンアートのイラストとかならアリ?というかAIを使われてもまずわからないかな)。
とはいえ、できるならやってしまうのが人間だ。止めることはその是非を置いておいて不可能だろう。
実際にAIが使われて、それに気が付くかどうかはともかく、例えばコンテストの主催をするのであれば、AI利用の不可避は明言しておいた方がよいと思う。
この記事を執筆している2023年6月20日現在より2ヶ月前、2023年度のSWPA(ソニーワールドフォトグラフィーアワード)において、AIにより生成された「画像」が入賞し、出品アーティストが受賞を辞退するという出来事があった。
この出来事において重要なのは、受賞者が自分の作品は写真(photography)ではなく「画像(image)」と表現していることだと私は考えている。
そもそも、日本語の「写真」は真を写すと書く。photographyはその語源であるギリシャ語、ラテン語から、photo(光)とgraphie(書く)という意味を持っている。真を写すのか、光を描くのか、実は結構ニュアンスの異なる訳語だ。
写真の歴史上には様々な表現手法がある。その当時は受け入れられなかったものも、いつしか一つのジャンルとして確立して今に至っているわけで、AIによって生成された「画像」が広く「写真」として受け入れられていく未来も当然にありうるわけだ。
VPのPもまたPhotographyのPだ。私たちはVPにおいて、いったい何を記録しているのだろう?VPは本当にVirtualでPhotographyなのだろうか?そんなことを考えるのも、また面白いと私は思う。
VPはまだまだ歴史の浅い文化だ。文化の発展には自己の再認識も大切な過程なので、AIもまた糧にして発展していくことを願っている。