CUSTOM URUSHIを使い始めて気が付けば1年以上が経ったので、雑感を残しておこう。
目次
少し長いまえがきと購入動機
一言でいえば、軸のぶっとい細字の国産万年筆が欲しかった。
CUSTOM URUSHI(FM)を使うようになる前は、PILOT CUSTOM 823 (F)とMONTBLANC-MEISTERSTUCK No149 (M)をメインの筆記具として使用していた。
この二本にはぼんやりとした使い分けがあって、MEISTERSTUCK No149は英語などのアルファベットを基本とした言語で文章を書くときに使用することが多い。
私は5mm方眼のノートやメモ帳に、隙間なくチマチマと文字を書くことが多いのだが、アルファベットなら問題ないものの、日本語は少し苦しい。
また、使用しているインク(MONT BLANC PERMANENT GREY)のせいもあるのだろうが、乾きが結構遅いため、ちょっとしたメモには使いづらい。油断すると手や重ねた紙にインクが付く。
その代わり耐久性があるインクのため、手紙はいつもこの万年筆で書いている。
悩みながら文章を書いていて、多少筆圧が上がっても、壊れることはないだろうという安心感からこの万年筆を選ぶことも多い。
何より軸の太さが私にはちょうど良いのだ。
一番信頼して粗雑に扱える筆記具なので、胸ポケットに挿していることも多いけど、純正インクがやや高価なのが難点。
PILOT CUSTOM 823はとにかくつねに胸ポケットにさしておいて、メモから手帳から、何にでも使用している。
構造上、インク漏れの可能性が低いため、携帯する筆記具として優秀。
インクの充填可能量が多くFニブを使用していることもあり、出先でインク切れになることはまずありえない。
5mm方眼にギチギチに日本語を書いても文字がつぶれることもないし、何より純正インクの安さが素晴らしい。
350ml入りの「ポン酢」と呼ばれる瓶で2000円しないのである。ちなみにMONT BLANC PERMANENT GREYは35mlで3500円である。一体どういうことだよ。
MEISTERSTUCK No149を使っていると、軸がやや細いように感じるのが残念ではあるのだが、それを差し引いても道具としてのバランスが良い。
ちなみに、ボールペンを使用するときはジェットストリームを使うのだが、普段使いしていると2、3日でインクが無くなってしまうので、書類など、ボールペンが必要なとき以外は使わないようにしている。「5本入りの替芯パックを買えば、2週間はもつかな?いや、念のため2パック買っておくか?」みたいなことを考えるのは、疲れる。私が万年筆を使う理由としてはこの「燃費」と「航続可能距離」の部分が大きい。ついでに書きやすいのだから、長い目で見れば万年筆のほうがお得じゃん、という考え。
この二本を長いこと使用して感じていたのが、日本製万年筆の細めのペン先で、マイスターシュテック149並みの大きさ、太さの万年筆があったら自宅で使うのに最高なんだけどなぁ、ということだった。
例えるなら、PILOT CUSTOM 823は燃費の良い国産中型バイク。マイスターシュテック149はハーレーのような海外製ツアラーという感じである(維持費も高いし)。国産大型バイク的な万年筆が欲しかったのだ。
とはいえ、国産の万年筆で大きなものというと、各メーカーの(超)高級万年筆になってしまう。やれ漆だ蒔絵だ、銘木に金粉だでへたすると、言葉のあやではなく大型バイクが新品で購入できる値段になる。そういうんじゃないんだよ。いいよ、真っ黒のいつものやつで。
そんなこんなでCUSTOM URUSHIである。前言撤回するようでアレなのだが、私の万年筆はどれも真っ黒なので見分けがつきやすいように朱色にした(なぜか朱色のほうが安かったし)。
まぁ漆加工されているのはご愛敬として、なんと長さも太さもMEISTERSTUCK No149より長くて太い。素晴らしいゾッ!
筆記性能
万年筆を何本も使用している者からしたら、国産万年筆の最終形態という感じだと思う。モヤっとした表現で申し訳ないけれど。
「万年筆を何本も使用している者」と但し書きをするのは、普段万年筆を使わない人を捕まえてきて、1万~3万円クラスの万年筆と書き比べさせても、怪訝な顔をされると思うため。
一眼レフカメラやギターなどの楽器と違って、筆記具はより一般的な道具なので、あまり過激な表現はすべきでないと思っている。
とはいえ、この万年筆に手を出す方は、他にも万年筆を使ったことがあると思うので、ここから先はそういった方向けのお話。
30号のペン先。刻印のデザインはほかのカスタムシリーズと同じだが、カラーが二色になるだけで印象が変わってくる。
左から、マイスターシュテュック149、カスタムURUSHI、カスタム823、カスタム743(FA)。マイスターシュテュック149も十分大きいのだが、カスタムURUSHIの大きさはちょっとハレンチである。カスタム823やカスタム743だって高級万年筆の部類のはずなのだが、カスタムURUSHIと比べてしまうと、(一応)高級万年筆(とも言える)という感じ。
インクフローはおそらく多少の個体差もあるだろうが、潤沢すぎるわけでもなく、かすれるわけでもない。普通。普通って大事だよね。PILOTの純正インクを使用する限り、ブロッターは必要ない。
そして、1年使ってきて一度もかすれたことがないのがすごい。本当に一度もかすれない。カスタム823をはじめ、10本くらい万年筆を使ってきたが、細字の万年筆が多いせいか、書き始めにまれに発生するカスレというのは仕方がないものだと思っていた。なんなんだろうコレ。特に調整もせず、買って出しの量産品でコレだから理解に苦しむ。
ニブが大きいことに加えて、全体的に薄く作らているのだろう。ニブが自然にしなる。とはいえFAニブ(ファルコン)のようなふにゃふにゃした感じではない。あくまで自然な感じ。
堅牢で2Hの鉛筆のようにガツガツ書いても不安を感じないマイスターシュテュックとは異なり、乱暴に扱うとちょっと壊れそう。
左がマイスターシュテュック149で右がカスタムURUSHI。カスタムURUSHIの方が薄く作られていることが分かる。
左から、マイスターシュテュック149、カスタムURUSHI、カスタム823。
私のカスタムURUSHIは、FMニブ(中細)だが、Fニブ(細)やFAニブ(ファルコン)のようなカリカリシャリシャリした感じはない。この滑らかさはマイスターシュテュック149のMニブにも通ずるところがあるのだが、ペン先が紙に触れる瞬間の衝撃が無いのがちょっと不思議な感覚だ。
マイスターシュテュック149のペン先は固く分厚いので、衝撃は吸収されない。コツコツと衝撃はあるが、その堅牢性への安心感があるためストレスがないのだ。高級オフロード車に乗っているようなものである。対してカスタムURUSHIはサスペンションの優秀な大型バイクに乗っているような感覚。
万年筆にこだわり始めた者は自ずと使用する紙にもこだわり始めてしまいがちなのだが、このカスタムURUSHIを使用していると、安価な再生紙だろうが、高級原稿用紙だろうが書き味に変化を感じない。おそらく、重めの本体重量とよくしなるニブがサスの役割をして、衝撃や振動を吸収してしまうのではないだろうか。
グリップ
「しっとりとした漆の手触り」みたいな紹介がされているのだが、んーどうだろう。素晴らしい手触りだゾッ!とか、書きたいんだけど。
まぁ、言われてみればしっとりしているし、他の万年筆と比較すればわかる、というのが正直なところ。ごめんなさい。
それよりも重量感と太さの違いのほうが大きい。例えとしてはどうかと思うが、マッキーに近い。
私の周りには、サインペンの書き味が好きで使っているという知人が結構多いのだが、意外とそういう層(どんな層だよ)にウケる気がする。
上から、マイスターシュテュック149、カスタムURUSHI、カスタム823、カスタム743。キャップ収納時でもカスタムURUSHIの存在感がすごい。マイスターシュテュック149より一回り大きい。
キャップを外してもやはりカスタムURUSHIが一回り大きいことが分かる。
キャップを尻軸に差し込むとこんな感じ。私はマイスターシュテュック149のキャップをその時の気分で尻軸に差し込んで使うこともあるが、カスタムURUSHIは無理だ。もはや気分の問題じゃねぇぞ。
この価格帯の筆記具を実用用途で触らずに購入する人はあまりいないと思うのだけど、一度は試してから購入したほうが良いかもしれない。
マイスターシュテュック149やペリカンのスールベンM1000のような大型万年筆を常用していればそこまで違和感はないと思うのだけど、パイロットのカスタム734クラスからいきなりランクアップすると、必ずしも使いやすいと感じないのかもしれない。本当に太い。
携帯性
カスタムURUSHIを使うようになって初めてわかったのだが、胸ポケットに入れて持ち歩くのには、マイスターシュテュック149くらいまでの大きさと重さが限界だなぁということ。
重さもさることながら、その大きさゆえ、シャツの胸ポケットに入れていると上着などに引っかかる。
持ち歩けないこともないが、胸ポケットに常にさしておくには少し太すぎるというのが正直なところ。
キャップのクリップがほかのPILOT製品同様非常に優秀なので、自重で勝手に抜け落ちるようなことはないが、持ち歩くなら素直にペンケースに入れたほうが良いのだろうな。
また、ちょこちょこ取り出しては少し書いて、みたいな用途ではカスタム823のほうが気分的にも使いやすい。
まぁ、私は自宅用のつもりで購入したので問題はない。
メンテナンス性
高級万年筆としては、本体吸引式でないことがうれしい。故障や不調で調整入院する可能性が低くなるからだ。
何年もほったらかしにしてインクが固着したとか、地面に落としてバラバラになったとかでなければ、たいてい壊れたり不調になるのはインクの吸入機構だ。
万年筆を使い始めたころは、本体吸引式がカッコイイと思っていたのだけど、実際に日々の道具としてつかうにはメンテナンス性は大切だと思う。
マイスターシュテュックは本体内部のパッキンの消耗で一度部品交換しているので、こういう部分は気になるのだ(海外製の万年筆のメンテナンス料金は高いし、無料のペンドクターでもモンブランは対象外のことがあるよ)。
カスタムURUSHIに使われているコンバーターはCON-70なので、不調になっても1000円もしないで購入できる。
カスタムURUSHIのコンバーターのデザインはちょっと高級感のある特別仕様になっている。別売りはしていないので、壊れたら普通のCON-70(あるいはCON-70N)に変えるしかない。
用途
基本的には、自宅で落ち着いて文章を書くために使用している。
FMニブという太さは絶妙で、マイスターシュテュック149のMニブとPILOTのFニブのちょうど中間くらいの太さだ。
5mm方眼にぎっちり日本語を書くこともできるし、日本語のトメ・ハライや緩急も自然に表現できる。
一般的な原稿用紙くらいの文字の大きさでも頼りない細さにならないし、きちんと小回りもきく。
とはいえ、大型は大型万年筆になるため、ちょこちょこしたメモに使用するよりは長い文章を書くのに使うほうが自然な感じだ。
マイスターシュテック149と重さを比較
マイスターシュテュック149はインク満充填で32.0g。製造年代によっていろいろ違いがあるらしい。
カスタムURUSHIは満充填で44.8g。重い。でも実は、キャップを外すとマイスターシュテュック149は21.0gで、カスタムURUSHIは26.5gなので、キャップを外して使う分にはそこまで違和感はなかったりする。
カスタムURUSHIという筆記具の位置づけ
書いておいてなんだが、この文章はどういった層に読んで頂けるのだろう。
だって、万年筆である。それも、万年筆の中でも割と高級な部類だ。
カメラやギターならともかくとして、ユーザーが少ない。少なくとも私の周囲で万年筆を普段使いしている人はいない。
そのスジの人たちになってしまうと、ネットで検索すればいくらでもレビューなどが出てくるため勘違いしがちだが、ココはやっぱり狭い世界なのだ。
万年筆の価格帯のお話をしておこう。
とりあえず使えるものは国産メーカで1000円から5000円程度だと思う。これはデジタル一眼本体でいうと5万円、アコーステックギターなら7万円くらいにあたるだろうか。
ある程度きちんとした万年筆は15,000円から30,000円程度。デジタル一眼レフ本体なら10万円から15万円。アコースティックギターなら15万から20万円くらい。
例えば本格的なプロ仕様の一眼レフ本体が欲しいとなると、25万から60万程度になるし、アコースティックギターなら30万から100万程度が最低ラインになってくるのではないだろうか。
もちろん異論は認める。例外もある。とはいえ、販売メーカの想定はこんな感じだろうと思っている。
そこで万年筆なのだが、万年筆の場合、きちんとしたもの以降の価格設定がかなりあいまいで、おそらく単純なスペック(ペン先の仕様)的には10万円で頭打ち。
それ以上のものは希少な素材をペン軸に使用しているとか、限定モデルみたいな感じになってくる。
それも、高ければよいというわけでもなく、カメラのように機能が単純に向上することもないし、ギターのように音色やピッチがどうこう、というわけでもない。
おそらくこれは、ものを書くプロが万年筆を使うとは限らないことにあるのだと思う。多くのプロの小説家やライターが使用するのはおそらくPCキーボードだろう。私もライターのはしくれだが、もちろん原稿用紙で入稿なんてできっこない。
つまり、昔ならともかく、プロ仕様の万年筆というのは現状存在しないのだ。
だから、メーカが想定する高級万年筆のユーザはプロではなく、マニアや趣味の人になる。
さいごに
あえてべた褒めはしなかったが、それは、この万年筆について調べている時点で「欲しい」という気持ちはある程度固まっているだろうと思うからだ。今さら購買意欲をそそる必要もないだろう。
私個人としては、用途さえきちんと踏まえて購入すれば文句なしに最高の国産万年筆だと思う。下手な装飾やブランド価格抜きに、単純な性能のみで10万の万年筆である。すごくないはずがない。
万年筆というのは、基本的に使っていないとダメになってしまう。日々使いきれないほどいろいろな万年筆を購入しては、ああでもないこうでもないとやっているよりは、ある程度の段階で思い切って手に入れてしまってもよいのではないだろうか。