※この記事には筆記具愛好家にとってショッキングな表現が含まれています。
苦手な方、心臓の弱い方は閲覧をお控えください。
(そのスジの人からすれば)言わずと知れたMONTBLANC-MEISTERSTUCK No149。
私がこの万年筆に出会ったのは中学1年生の時だったと思う。
当時私は、年に2回は母方の祖母の家に遊びに行っていた。
目的はすでに亡くなっていた祖父の部屋で本の山に囲まれて読書することだった。
数年後、自分がこの部屋にで暮らすことになるとはまだ夢にも思っていない。
日がな一日、古い本の香りを楽しみながら、何冊も本を読むのだが、ある日、棚の中から黒いペンが転がり出てきた。
キャップを引っ張ってみるがはずれない。力を入れるとミシミシ音がして壊れそうである。
関係各所からは悲鳴が聞こえそうだが、わからない人のために少し説明すると、このペン、有名な高級万年筆なのである。
相場は日本円で7万から10万程度だろうか。
ペンチを取り出す前に念の為祖母に訊いてみた。
「あら、懐かしい。おとうさんがよく使ってたやつよ」
言いながらキャップを引っ張る祖母。
全力で引っ張られメキメキと音を立てるマイスターシュテック149。
おそらくこんな目にあっている149は世界広しと言えども私の実家くらいだと思う。
私は祖母を制止した。熱めのお湯にしばらく漬け込めば抜けると思ったのだ。
紅茶とマイスターシュテックのために湯を沸かしながらペン軸をいじくり回していると、キャップがくるくる回って抜けた。
読者諸賢の心情とは裏腹にケラケラ笑う祖母と私。
台布巾でペン先をゴシゴシ拭うと、金と銀の装飾の中に4810とMの文字。なんのことかさっぱりわからない。
祖母が出してきたメモ帳にペン先をつけてみるが、当然インクは出てこない。
ペン先をガツガツ紙に叩きつけたり、強く押し込んだりされるマイスターシュテック149。
「インクが切れてるのかしらね。たしかどっかにあったと思うんだけど」
あったあったと言いながら出されたインクの瓶には万年筆と同じマーク。
インクにペン先をつけて自分の名前を書き出す祖母。
「あら書きやすい。私これ使おうかしら」
つけペン扱いされるマイスターシュテックとおばあちゃんと中学生。夏の昼下がりのことである。
ちなみにこの時使われたインク瓶にはMade in W-Germanyの文字。
おわかりいただけるだろうか。W-GermanyのW、そう、WestのWである。
そんなこんなで旧西ドイツ製のブルーブラックインクでつけペン的な使い方をされたマイスターシュテック149はその後7年ほど祖母のメモ書きに使われることになったのである。
念の為説明しておくと、上記の操作は万年筆の仕様上、代表的なやってはいけない行為のオンパレードであるので、絶対に真似しないこと。普通に壊れます。
大学入学のお祝いに何が欲しいかと母に訊かれた私は、なんとなく万年筆と答えた。
その時買ってもらったのは、LAMYの万年筆である。
実はこのLAMYの万年筆、純正のインクとあまり相性が良くなくて、すぐ文字がかすれるのである。
あれから20年、いろいろあってマイスターシュテック149は私のものになった。
祖母と私の過酷な耐久テストを乗り越えた万年筆である。
今は数ある万年筆の中でも、思いついたことをガシガシ書きなぐりたいときに使用している。