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雨の日が好き。


雨の日は、決まって思い出すことがある。
今から15年くらい前の夏。私はとあるイベントのスタッフ兼通訳として、イギリスに滞在していたんだ。
通訳というと英語が堪能と思われるかも知れないけど、当時は全然そんなことはなくて、TOEICはせいぜい680点くらい。英検にいたっては3級。完全にポンコツだよね。
ただ、経歴書に英語とフランス語が堪能って勝手に書かれて、気づいた頃には派遣されることになっちゃってたんだ。
なんか、いっつもこんな感じだよ。
イギリスっていったら、フィッシュアンドチップスに紅茶。まずい食べ物に悪天候とメリー・ポピンズくらいの印象しかない世間知らずの日本人がだよ。まともに英語も話せずに放り出されたら、もはや生きて帰れるかすら疑問符だよね。
出発1週間前に買った英会話の本は家に忘れるし、持ってった紙の辞書は早々に水たまりに落っことしてゴミになるし、案の定、周りが言ってることなんてほとんど理解できなくて、圏外のケータイ握りしめて泣いてたよね。
そんなホームシック・フルスロットルの私も、3日後くらいには発売されたばかりのハリーポッター最終巻を英会話本代わりに必死に話してたんだけど。
英語圏の人間だけじゃなくて、フランス人やインド人、ドイツ人に台湾人なんかと仕事をしていくうち、「自分の国のメシを作って持ち寄って、酒を飲もうよ」って話になったんだ。
そしたら、ドイツ人の女の子が、車に大量のビールをのせて仮設のバーに乗り込んできたんだよ。
「私、ソーセージもザワークラウトも大っきらいだから、ビール持ってきた」って言って。
しびれたよね。自分の国の料理でも、嫌いなものは紹介しないっていう姿勢に。でもビールはメシじゃない。
外は土砂降りの雨で、みんなで「残念だねー」なんて言いながら飲んでたんだけど、そのドイツっ子が、「そう?私は雨の日好きだけどな」って言うんだ。
「私、ギター弾いて歌うのが趣味なの。雨の日って、大きい音出しても大丈夫だから、家で思いっきり歌ってる」って。
そんな話し声が聞こえたのか、他の集団が、じゃあ歌ってよってギター持ってきたんだ。
次の瞬間、バーにいた、50人くらいが盛大に凍りついたよね。
ギターも歌も、どう表現していいかわからない感じだったんだけど、めちゃくちゃ下手くそだったんだ。
察しのいいフランス人が、ジョン・デンバーの「カントリーロード」だって気づいて、すぐに大声で歌い始めた。
知らない人たちも、私も、バーテンまで、コンマ5秒でアイコンタクトして、もう必死で歌ったよね。
いつの間にか、ウッドベースやらフィドルまで加わって、大合唱だよ。
その子、すごい嬉しそうで、楽しそうでさ。みんなも笑顔だった。
雨が降るといつも思い出すんだ。
雨の日も、風の日も、幸せに過ごす方法はいくらでもあるし、うまいとかヘタって、趣味とは何の関係もない。
趣味って、幸せな時間のことなんだろうなって。

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